八雲町平和学習事業派遣団「平和の誓い」
令和6年度八雲町平和学習派遣事業を実施しました
八雲町では、八雲町の核兵器廃絶平和都市宣言(平成20年3月21日)に基づき、町内の中学生へ平和の大切さを学習してもらい、八雲町における次世代への平和教育の普及と振興を図ることを目的として、人類史上最初の原子爆弾が投下されたまち、広島県へ生徒を派遣する「八雲町平和学習事業」を実施しています。
被爆者の高齢化が進む中、被爆体験の風化や若い世代を中心とした平和意識の低下・希薄化が強く懸念されています。
この夏、派遣生徒たちは広島でどのようなことを学び取り、平和について何を考えたのでしょうか。
帰町後、派遣生徒が作成した「平和の誓い」を、下記のとおり八雲町ホームページに掲載します。
平和の誓い
八雲中学校 3年生
1945年8月6日の午前8時15分、たった1発のアメリカ軍による原子爆弾投下によって、広島の街は本川小学校などの鉄筋コンクリート製の建物などを少し残し、とても残酷な光景と化しました。
当時、本川小学校には多くの学生が登校しており、校庭や教室で過ごしていたところに原子爆弾が投下され、そこに居たほぼすべての方が爆風によって亡くなりました。
被爆した本川小学校は、旧校舎の一部分を残し、現在は本川小学校平和資料館となっています。その中には、原子爆弾によって亡くなられた方々の遺品や当時の校舎設備、原爆死没者慰霊碑に書かれている言葉の原文などがあり、校庭で火葬された方々の遺灰など、テレビではその悲惨さを伝えることができないものも沢山展示してありました。
これらの展示を見て、私は、早く戦争がすべて終わり、全世界の人々が笑って暮らせる平和な世の中になって欲しいという願いに加え、原爆死没者慰霊碑に刻まれている言葉「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」について、これからもよく考えていこうと思います。
八雲中学校 3年生
私は、広島で被爆した方の話を聞いて、原爆と放射線の恐ろしさ、その想像以上の残酷さに衝撃を受けました。
世界では、未だなお紛争や戦争が起きています。戦争は人を悲しませるもの。誰も得をしません。戦争をして失われた尊い命は、何ひとつ帰って来ません。私は、紛争や戦争は絶対に起こしてはいけないことだと思います。
紛争や戦争に巻き込まれた方々の平和とは何でしょうか。それは、欲しくても手に入らないもの、自分の育った故郷で暮らすことです。
そして、広島で学んだ平和とは、紛争や戦争がなくなること、将来への希望が持てること、一人一人の行動で平和が生まれることだと感じました。
今回、広島で学んだことや、平和記念式典に参加できたことは、私にとっていい経験になり、一生の思い出になりました。
また、戦死した方々や被爆死した方々の御冥福をお祈りしつつ、私自身、命の尊さを自覚しながら日常生活の中で勉学やスポーツに邁進していきます。
野田生中学校 2年生
1945年8月6日、1発の原子爆弾は、街を灰に変え、人の尊い命を奪い、生き残った人々の身や心に大きな傷を負わせました。 その日の被害や真相について調べるために、僕は広島に行き、これまで写真や文字でしか見ていなかった事を見てきました。
広島平和記念資料館には、原爆の被害についての多くの資料が展示されていました。そこには、自分が死ぬとわかっていても家族のことを想った人の遺書、身体が焼け爛れ、服が焼け落ちた人の絵、水を求めて彷徨う人々の絵など、とても悲惨な写真、絵、遺品などが、沢山展示されていました。
僕は、原爆被害を経験したことはありません。
ですが、原子爆弾がいかに残酷で凶悪な兵器であるかはわかります。
僕はこの資料館で見たことを、原爆の被害についてあまり知らない大多数の人々に、原爆の凶悪さや残酷さ、被害などを教えたいと、心から思いました。
落部中学校 2年生
私は、原爆が落とされたときの被害の大きさや人々の想いを学びたくて、実際に広島へ行き自分の目で見てきました。
緑豊かで美しいまち。人でにぎわう商店街。まちにあふれるたくさんの笑顔。
79年前の広島には、今と変わらない色鮮やかな日常がありました。
1945年8月6日午前8時15分、1発の核爆弾により約14万人もの尊い命が失われました。人も草木も焼かれ、街は火の海となりました。あのときの広島は、「地獄」だった。
当時の原爆ドームは「広島県物産陳列館」と呼ばれていて、広島県内の物産の陳列、即売、美術展覧会、博覧会などが開催されていました。現在では二階と三階の壁はほとんど崩れ落ちていて、原爆の悲惨さや残酷さを伝える痛々しい建物となってしまいました。
原爆は、一瞬で「当たり前の日常」を覆すほど大きな力をもっています。原爆が投下されたあとの人々は家族もいない、食べるものもない、笑顔でいられない、そんな日々を過ごしてきたのです。
私はこのようなことを二度と起こしてはいけないと次世代へ語り継いでいきます。
捨てていい命、奪っていい命なんてない。
一人ひとりの努力が、平和へと繋がるのです。
熊石中学校 3年生
私は、広島で行われた平和記念式典に参加し、改めて平和の尊さとその維持の困難さを深く感じました。
この式典では、過去の悲劇を忘れず、未来への希望を胸に、私たち一人ひとりが平和を守り続けることを誓いました。
しかし、式典の黙とうの最中、一部の人々が政治的目的のために、大きな声を上げるなど、式典の妨害を行っていたことが非常に残念でした。静かに過去の犠牲者に敬意を表し、平和への思いを共有する場であったはずのその時間が、一瞬、壊されてしまったことは、心に深い悲しみを残しました。
それでも、私は平和の維持がいかに大切であるかを強く再認識しました。
私たちは、過去の過ちを繰り返さないためにも、外交的努力など、最大限の努力を尽くして、平和で自由、公正な社会を築き続けなければなりません。
この誓いを胸に、今後も行動していきたいと思います。
(参考)広島での学習プログラム
- ボランティアガイドによる平和記念公園内の慰霊碑・施設等の解説
- 献鶴(町内小中学校・町民から寄せられた千羽鶴)
- 平和記念式典への出席
- 「原爆の絵・絵画展」の見学
- ひろしま子ども平和の集いに参加(被爆体験講話の聴講、若い世代による平和への取組に関する発表を見学)
- とうろうピースメッセージの作成
- 平和記念資料館の見学
- 青少年平和文化イベントに参加(ヒロシマ・ナガサキ合同平和プロジェクト班による平和活動の発表等)
- 本川小学校平和資料館の見学
事業主催者
八雲町平和学習実行委員会(八雲町教育委員会社会教育課内)
八雲町末広町154番地 電話 0137-63-3131